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「もうすぐ 夏土用 今年は丑の日2回」・・・!
2017年07月05日
台風の影響は、ここ高山ではあまりなかったけどやはりこの時期の台風は「梅雨
前線」の影響を含め、各地に「集中豪雨」の被害をもたらしますね

台風の影響なのか、このところ高山ではあまり考えられない「高温多湿」
暑いなぁ!!! え~らいなぁ!!!

食欲もなくなりますね

こんなときには、これやさ


「わさび茶漬け」も良いけど、「梅茶漬け」がいいねぇ
毎日欠かせませんよ

まもなく土用の入り
知ってましたか?土用って年4回って!!!
立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間を「土用」と言うのですね

春土用・夏土用・秋土用・冬土用のことです(^^)
まあ、土用と言うと「立秋前の夏土用」が一般的に土用と言われてますが・・・
そして土用と言うと「丑の日」
今年は、7月25日と8月6日の二日ありますね! 7月25日は「土用丑の日」そして
8月6日は「土用二の丑」と言うんだそうです(^^)
土用の丑の日と言えば・・・普通思いつくのは「うなぎ」

「美味しいうな丼」食べた~~いってね
夏の土用のときばかり「うなぎ!うなぎ!」ってなりますが、実は江戸時代にあの
高名なる「平賀源内」が、夏になると売り上げが落ちる「鰻屋」の主人に頼まれて
「本日土用の丑の日」というキャッチコピーを作って店に張ったら、大繁盛となった
そうで「夏のうなぎ」は販売戦略だったのですが、そのおかげか現代にまで影響
を及ぼしてるんですから、平賀源内さんはスゴイ人じゃな(笑)
本来のうなぎの旬は「冬」! 夏場は「う」のつく食べ物を食するがよろし!!と
昔から「うめぼし」「うり」「うどん」が食べられていましたが、いつのまにか「うなぎ」
もちゃっかり仲間入り(笑)
まあ人間が暑さに負ける時代になって、滋養栄養に溢れた食品として取り入れ
られるようになったんだから、時代の先取りって言えばね

あ~~~うなぎ食べたいなぁ(^^)

前線」の影響を含め、各地に「集中豪雨」の被害をもたらしますね


台風の影響なのか、このところ高山ではあまり考えられない「高温多湿」

暑いなぁ!!! え~らいなぁ!!!


食欲もなくなりますね


こんなときには、これやさ



「わさび茶漬け」も良いけど、「梅茶漬け」がいいねぇ

毎日欠かせませんよ


まもなく土用の入り

知ってましたか?土用って年4回って!!!
立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間を「土用」と言うのですね


春土用・夏土用・秋土用・冬土用のことです(^^)
まあ、土用と言うと「立秋前の夏土用」が一般的に土用と言われてますが・・・

そして土用と言うと「丑の日」

今年は、7月25日と8月6日の二日ありますね! 7月25日は「土用丑の日」そして
8月6日は「土用二の丑」と言うんだそうです(^^)

土用の丑の日と言えば・・・普通思いつくのは「うなぎ」


「美味しいうな丼」食べた~~いってね

夏の土用のときばかり「うなぎ!うなぎ!」ってなりますが、実は江戸時代にあの
高名なる「平賀源内」が、夏になると売り上げが落ちる「鰻屋」の主人に頼まれて
「本日土用の丑の日」というキャッチコピーを作って店に張ったら、大繁盛となった
そうで「夏のうなぎ」は販売戦略だったのですが、そのおかげか現代にまで影響
を及ぼしてるんですから、平賀源内さんはスゴイ人じゃな(笑)

本来のうなぎの旬は「冬」! 夏場は「う」のつく食べ物を食するがよろし!!と
昔から「うめぼし」「うり」「うどん」が食べられていましたが、いつのまにか「うなぎ」
もちゃっかり仲間入り(笑)

まあ人間が暑さに負ける時代になって、滋養栄養に溢れた食品として取り入れ
られるようになったんだから、時代の先取りって言えばね


あ~~~うなぎ食べたいなぁ(^^)


Posted by たぬログ at
16:53
│Comments(0)
「さようなら 三島健吉先生」・・・!
2017年07月05日
昨晩は、昭和時代の「我が家」のファミリー主治医「三島健吉先生」がお亡くなりに
なったので、お通夜にお参りして先生とお別れを・・・
昭和の時代・・・・・戦後、いろいろなご苦労の末に高山で開業されて60数年に亘り
地域医療に専心された「三島健吉Dr」

下三之町の大正時代の洋館で開業された、「三島医院」の第1号の患者が我が父で
あったことから昭和の時代我が家は全員が先生のお世話になった
診察が終わって、午後の往診(当時の先生は自転車にカバンを積んで街中の患者
宅を訪問医療していた)が終わる頃我が家へ立ち寄って,祖母の往診をしてお茶を
飲んで休んでいかれた・・・
祖母・母の最期を看取ってくださったのも三島先生だった
三島医院の前庭や医院内の廊下は近所の悪ガキの遊び場でもあったが、先生に
叱られたことは一度もなかった・・・(笑)
先生の「観音開きのクラウン」は当時から珍しく医院の駐車場に入れてあったが、
近所の悪ガキもここだけは神聖な場所で誰も車庫には入らなかった(笑)
後にトヨタ自動車が、「先生のお好きな車、どんなのでも差し上げますから譲ってくだ
さい!!!」とお話があったことは有名
慈愛に満ちたお顔ながら、何か尊大なお人柄は「医師」として地域医療に邁進する
先生の自信に満ちたお姿だったのだろう
三島先生と言うと、「注射」のイメージ!!! 子どものころ風邪を引いたり肺炎に
なったりすると「はい亮ちゃん、ペニシリ~~~ン^^」っ即注射
そしてあるときは、注射のあと鼻にニンニク臭の残る「アリナミン注射」
あっという間に打たれて、痛いとかイヤとか主張する間もなく・・・(笑)
「亮ちゃんたらギチョンチョンでパ~イのパ~イのパイ^^」とか歌でごまかされてね
そんな先生だったが、父が亡くなった時にはタヌを抱きしめてくれて「寂しいなぁ」と
一言・・・
昨晩のお通夜の前に、先生が作詞され湯山昭先生が作曲された合唱曲「思いでの
高山」が流されていた・・・・・完成したとき我が家に先生が見えて父と二人で歌って
おられたことを思い出した
思い出すときりが無いが、きっと今頃はようやく我が家の家族と天国で再会されてる
かなぁ???
三島健吉先生ありがとう!!! そして・・・さようなら
(合掌)
なったので、お通夜にお参りして先生とお別れを・・・

昭和の時代・・・・・戦後、いろいろなご苦労の末に高山で開業されて60数年に亘り
地域医療に専心された「三島健吉Dr」


下三之町の大正時代の洋館で開業された、「三島医院」の第1号の患者が我が父で
あったことから昭和の時代我が家は全員が先生のお世話になった

診察が終わって、午後の往診(当時の先生は自転車にカバンを積んで街中の患者
宅を訪問医療していた)が終わる頃我が家へ立ち寄って,祖母の往診をしてお茶を
飲んで休んでいかれた・・・

祖母・母の最期を看取ってくださったのも三島先生だった

三島医院の前庭や医院内の廊下は近所の悪ガキの遊び場でもあったが、先生に
叱られたことは一度もなかった・・・(笑)

先生の「観音開きのクラウン」は当時から珍しく医院の駐車場に入れてあったが、
近所の悪ガキもここだけは神聖な場所で誰も車庫には入らなかった(笑)
後にトヨタ自動車が、「先生のお好きな車、どんなのでも差し上げますから譲ってくだ
さい!!!」とお話があったことは有名

慈愛に満ちたお顔ながら、何か尊大なお人柄は「医師」として地域医療に邁進する
先生の自信に満ちたお姿だったのだろう

三島先生と言うと、「注射」のイメージ!!! 子どものころ風邪を引いたり肺炎に
なったりすると「はい亮ちゃん、ペニシリ~~~ン^^」っ即注射

そしてあるときは、注射のあと鼻にニンニク臭の残る「アリナミン注射」

あっという間に打たれて、痛いとかイヤとか主張する間もなく・・・(笑)

「亮ちゃんたらギチョンチョンでパ~イのパ~イのパイ^^」とか歌でごまかされてね

そんな先生だったが、父が亡くなった時にはタヌを抱きしめてくれて「寂しいなぁ」と
一言・・・

昨晩のお通夜の前に、先生が作詞され湯山昭先生が作曲された合唱曲「思いでの
高山」が流されていた・・・・・完成したとき我が家に先生が見えて父と二人で歌って
おられたことを思い出した

思い出すときりが無いが、きっと今頃はようやく我が家の家族と天国で再会されてる
かなぁ???

三島健吉先生ありがとう!!! そして・・・さようなら


Posted by たぬログ at
08:33
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